これは?
コロナウィルスのおかげでほぼ一日中、家でリモートワークしてます。
眠くなったら掃除したり、洗濯したりしながらPCに向かっています。
先日、ベランダに出たときにいつも見慣れている富士山の左横の方に、雪に覆われた山々の稜線らしきものが確認できました。いつもならいくら晴れていてもこれは見えないものです。コロナのせいで国土全体で生産活動が沈滞化してしまい、ガスが晴れたからでしょうか。
これ、一体どこの山脈が見えているのでしょうか?美しい光景でした。
しかしながら、早くコロナが収束しないと何もできないし、あちこちで他人の行動に心がささくれ立ち、やはり、経済活動が元通りに戻ってくれないと決して良いことはありません。空気のきれいさも、もちろん大事なことではありますが、、、。
久々に帰郷しました(4)
こんなのは序の口。ここから下っていくにつれて、人口密度がどんどん大きくなり、ついにほとんど動けなくなってしまいました。
このままでは、次の予定に間に合いません。
そこで、勘を頼りに脇の住宅街に入って、近道することに決めました。
無事に混雑を避けて東山五条の交差点に出られて、運よくタクシーを拾えたので、この後の待ち合わせにも間に合いました。
このあたりから、気付いたことがあります。Wi-Fiがどうやっても繋がらず、僅かな記憶と勘を頼りに故郷の街を歩き回っていると、急に、普段ではありえないほどに五感が調和を持って働き出したのです。太陽の方角、遠く聞こえる電車の音、断片的に記憶のある風景の数々、、、列挙するとキリがありませんが、故郷を肌と心が捉え出したとでも表現できるでしょうか。
東京に住んでいて、常にスマホの画面を見ながら歩いていますと、どうしても視覚的、平面的な情報ばかりに偏ってしまい、本来人間が持っている感性が減殺されてしまっていることが多いのではないでしょうか。
ある程度、それも致し方のないことかと思いますが、たまには故郷に帰って、スマホの画面を見ずに歩いてみることも大切ではないかと感じました。
ところで、この後、結局は帰りの新幹線が静岡に差しかかるまでWi-Fiは機能しませんでした。あの不具合は何だったのでしょう?
考えてもよく原因が分かりません。
そこで、私は、あれは亡くなった祖母や母が導いてくれたことではないかと思うことにしました。
今のところ、一部の親しい人を除いてほとんど誰の目にも触れていないブログですが、このことだけは読者の皆さんにぜひ伝えたいです。
万難排して故郷には帰りましょう。
久々に帰郷しました(2)
京都に住んでいるとき、子どもの頃から食べていたしば漬けの味が懐かしくて、買いに行きました。
その途中で、今回の旅の目的にはなかったのですが、たまたま自分が産まれたと聞かされていた病院の近くを通りかかりました。
今日は、母と祖母のお墓参りに来ました。
まだWi-Fiがつながらないので、少し曖昧になりつつある記憶を頼りに京都の街を歩き回っていました。
駅から相当歩きましたが、何とか目的の店に到着。前回来たのは多分15年くらい前だったと思いますが、何一つ変わっていません。
ここにくる客は、ほぼ例外なくしば漬けを買い求めます。いつ来ても客がいます。
私も、2個買いました。添加物が一切含まれていないので、極めて賞味期限が短いのです。ここのしば漬けを食べると、ほかの店のものは食べられません。
久々に帰郷しました(1)
お墓参り、その他のため、昨年、10年以上ぶりに故郷である京都に帰りました。
冬晴れの日の早朝、東京駅発の新幹線に乗り込み、日帰り弾丸ツアーの決行です。
列車が京都に近づくと、近江の穀倉地帯が車窓いっぱいに広がります。
京都に着いたら、まずはお墓参りです。
こんな感じで京都の市街地を一望できる場所に墓苑はありました。実は、今回、お墓参りをするのは初めてです。冬とはいえ、観光シーズンの京都はどこに行っても人ばかりで、混雑のためかWi-Fiが全く繋がらなくなってしまい、スマホの地図アプリもちゃんと作動しません。仕方なく、住居表示と、断片的な情報、あとは勘を便りに、何とか目的地にたどり着きました。
それにしても、12月というのに京都は大変暑い!ヒートテックなんか着てくるんじゃなかった・・・・。
この日は、お世話になった人に会う約束をしていたのですが、まだまだ時間があったため、いろいろ巡ってみることにしました。
ベランダからの風景
東京からでも富士山がこんなにきれいに見えます。この景色が好きで、毎朝洗濯物を干すのが苦になりません。